宝塚歌劇 星組 専科

『桜華に舞え』の会津の扱いについて

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星組公演を2回観て、2回とも気になったのは会津の描き方。薩摩弁を使うことにこだわったのなら、会津の歴史にももうちょっとこだわってほしかった。

たとえば真彩希帆ちゃん演じる愛奈姫。HPの主な配役のところには【会津藩の姫】としか書かれていない。
架空の人物だけれど、会津藩の姫というからには松平家の一員なわけで、容保公の姉妹か娘として描いたんだろうなと想像しています。
だとしたら、維新後娼婦になることなどありえない。
松平家の姫といえば照姫が思い浮かびますよね。この人は維新後、会津の姫としての処分を受けて他藩の預かりとなっています。
幸せだったかどうかはわからないけれど、少なくとも娼婦に身を落とすようなことはなく、元会津藩の姫として、最終的には実家に戻り、それなりの身分で生涯を終えているはず。
だから、いくら会津戦争のさなかで行方不明になってしまったとはいえ、この設定はありえないなあと。
ところで愛奈姫って、この先どういう人生を歩んだんだろう??

それに礼真琴演じる八木永輝。会津藩士でしかも姫を守るくらいの地位の人物であれば、維新後は藩士の皆と青森の斗南に行っているはずでは?あんな風に浪人のように刀を差して東京をうろついていることはありえない。
いや、これは斗南に行った後の話になるのかな。それなら東京にいてもおかしくはないか。でも刀は取り上げられなかったんだろうか?
なんとなく違和感を感じる。
西郷隆盛と桐野利秋が薩摩に帰ったのが明治6年。廃刀令は明治9年。
ということは、あの少年の母親が山縣有朋に殺されたのは明治6年よりも前だから、大刀下げて歩いていてもOKなわけだ。
なるほど。
八木永輝の他に、着流しに大刀スタイルの人が誰もいなかったから、刀狩りってまだ?って気になって調べちゃいました。
ウジェーヌは刀を持つことを正式に許されたけれど、永輝は許されないだろうと思って(実は同じ人だけれど(笑))。

あれ?あの子が風ちゃんのお財布をすろうとしたしたのは、母親が死んだあとですよね。そこは時代がまた行ったり来たりはしてないですよね。

また、会津戦争の総指揮を取ったのは桐野利明ではないので、永輝がどうして桐野一人を会津の敵として狙い続けたのかもよくわからない。風ちゃんのお父さんを殺した人だから?それもちょっとなあ。いや永輝はその現場にいなかったから、大谷殿を殺したのが誰かは知らないはず。
答えは、「みっちゃんが桐野で、主役だから。」\(◎o◎)/!
どうせ架空の人物なんだから、まこっちゃんときほちゃんは、一藩士とその恋人くらいで良かったのにな。
それなら自由に書いても何も問題なかったのにな。

所詮舞台だし、宝塚だし、細かいとこはツッコむなって言われそうですけれど、宝塚を観て歴史を勉強し、歴史が好きになり、学生時代世界史の成績が学年トップになった私としては、歴史の部分はきちんと調べてもらえるとうれしいなって思います。
きっとこんな子が世の中にはたくさんいるはず。

いや、もちろん調べた上でこういう描き方をされているんでしょうけれど、他の設定もありえたのにこういう形にしたのはどうしてなんだろうって気になったので、長々書いてみました。

もしかしたらどこかで語られているのかも?歌劇とかパンフレットとか読まないので、私が知らないだけなのかもしれません。

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