読書

父と娘の関係を描いた朝井まかて著『阿蘭陀西鶴』

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高田郁さんを読んだら次は朝井まかてさん。
最近なぜかいつもこの二人の作品をセットで読んでいます。

女性目線になっていることや時代設定が似ていて、どの本がどちらが書いたものなのか良くわからなくなってしまうお二人。そのかぶってる感もなぜか面白い。
今回立て続けに読んだ2作品『あい』と『阿蘭陀西鶴』。なぜかどちらもヒロインの名前が「あい」なんです。

『阿蘭陀西鶴』は、私の中では朝井まかてさんの著作の中で一番とは言えない作品。
でも、井原西鶴について、俳諧について、その他この時代のことをじっくり調べて書かれた秀作です。

西鶴の娘あいは眼が見えない。この時代、そういう子は家の奥に閉じ込められて人前に姿を現さないのが一般的だったようです。しかしあいは、毎日父西鶴や父が連れてくる大勢の客人のための食事を作り、客の前に姿をあらわします。その料理がどれもおいしそうで。まかてさんの描写が豊かで素晴らしい。あいみたいに何でも作れる人になりたい。

井原西鶴は放蕩おやじの俳諧師。人に迷惑ばかりかけるめちゃくちゃな人であるように周囲の目には映っていますが、あいはそうではないようです。
母親が亡くなった時に外に出された弟二人は「残されたお姉ちゃんがかわいそう」といい、残されたあいは「弟たちがかわいそう」だと言います。
あいは昔は父親のことが嫌いだったけれど、いつの頃からか父に寄り添って生きていくようになりました。自分勝手のように思われた父が実は自分のことをとても大切に思っていることがわかってくるからです。それとともに、あいも父を気遣うようになっていきます。

二人で旅をしたこともありました。
あいが風邪をひいたことが大騒動になったこともありました。

眼の見えない娘に父親が文字を教えてあげたり、俳句や浮世草子、物語を読み上げてあげたり。
普段は突飛なことばかりする父親だけれど、実は人が好きでやさしい一面もある。残念なことにそれがほとんど表にでてこないんですよね。

本物の井原西鶴がどんな人間だったのかはわからないけれど、読んでいると本当にこんな人だったのかもなあと思えてきちゃいました。

残念なことにあいは、父より先に亡くなります。
そしてその翌年、西鶴もこの世を去りました。
親子というより夫婦のよう。不思議な関係です。

結局この小説は何を言いたかったのでしょうか。
私は、特に読者に伝えようとしていることは何もないのではないかと感じました。
井原西鶴という人を、娘の目線から描いた。
それだけのような気がします。
それだけで十分なのだと思います。

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